将棋ウォーズ

深すぎる。

これは虜にならざるを得ない。

その一手への思い、及ぼす影響は計り知れない。

ほんの9×9の盤上で争われる無言の戦い。

しかし、そこには熾烈な長時間に渡る静かな駆け引きがある。

その緊迫感たるや。

まさに赤と青だけではない、びっしり埋め尽くされている様々な色のコードの中から一本一本丁寧に切断する爆弾処理の如く。

 

~~~~~ 将棋 ~~~~~

 

それは一度はまるとなかなか抜け出せなくなる、薬物的競技である。

使用する駒は歩兵、香車、桂馬、銀将金将、角行、飛車、玉将(王将)の8種類。

その20枚×2の駒を2人が盤上で交互に動かし、相手の玉将を捕獲したほうが勝つ。

歴史は深く、最古のもので平安時代に使用されていた駒が発掘されており、16世紀には今のルールとなっている。

 

当時藤井聡太7段が17歳にして、渡辺明棋聖を破り、史上最年少で棋聖のタイトルを奪取した時は震えが止まらなかった。

 

将棋オンライン対戦アプリ「将棋ウォーズ」に四六時中はまっている男がいた。


何を隠そうこの私、あききるである。

 

将棋ウォーズでの戦績は128勝147敗。得意戦法は嬉野流。持ち時間最大10分での勝負。

まだまだ初心者な故、せいぜい3~4手先しか読めず、目に見えない猛者達にことごとく追い詰められ、気づけば自陣の王が味方も蹴散らされ、丸裸で360度銃口を向けられている状態となる。

 

かの羽生名人は読みの手数について、直線で30~40手、枝葉に分かれて300~400手と答えている。そして1回の対局で体重が3~4キロ減ることから、思考に費やすエネルギーは半端ではない。

 

そんな能力も体力も身についていないあききる新人は必殺技を繰り出す。

 

そう「棋神」だ。

困った時にそいつを発動すれば、アプリ内の棋神という名のAIが『願いを叶えてやろう』『見るがいい。神の一手』などと渋い声で降臨し、瞬時に好手を5手先まで勝手に指してくれる。

そして、『困ったらまた呼ぶがいい』『あとは頑張れよ』と言って颯爽と帰っていく。

 

これに味をしめたあききる凡人は『そういえば困った時は呼んでよって言ってたな~』と棋神を呼び出し、呼び出し続け、いつの間にか終始両手を組み、1分に一回、右の人差し指が棋神ボタンに触れているだけの状態となっている。

フィールドで試合をしていたにもかかわらず、調子が悪く何度もベンチに下げられ、しまいには試合の序盤で観客席に移動し『頑張れー』と応援しているようなものだ。

 

試合に勝利し、ご満悦なあききる見物人に一通のメールが届いた。

 

Appleからの領収書です。

 

棋神×13=1,220円

棋神解析券×26=1,220円

棋神×27=2,440円

合計4,880円

 

 

『Oh my God!』

 

 

そして棋神を使い果たし、対局に負け続け、是が非でも一勝をもぎ取りたいあききる落人はあらぬ手法を使用した。

持ち時間10分のうち、最初から5分間一手も指さず、対局する気はないと見せかけて、相手が諦めて退出するのを待つ。

こうしてついにあききる最低人となったのであった。

 

それはさておき、将棋は社会の縮図と言ってよいのかもしれない。

玉将を守る駒、相手の玉将を攻める駒に分かれ、それぞれの駒がそれぞれの役割を最大限に出し切った方が勝利する。

まさに会社を守るため、繁栄させるため、しいては会社に関わる全ての人が幸せになるため、当社で言えば営業、管理、開発、建設等それぞれに分かれ、一丸となり業務を遂行する様に似ている。

 

プロ棋士は一手指すのに、かなりの時間をかける。一局の対局での持ち時間がおおよそ4時間~9時間の中で、これまで一手指すのに要した最大の時間は5時間24分だ。これは一局ではなく一手にである。

そしてプロ棋士の解説者もその時は分からないほど、何十手先まで読めるAIも好手と判断できないほど、凄まじい一手も存在する。対局が進むにつれて、あの一手はここに繋がったと、感動すら覚える一手もある。

 

このほんの9×9の盤上で、何時間も次の一手を考えに考え抜き、ときには壮絶な展開が待ち受け、壮大なドラマがそこに誕生する。

 

仕事は、人生は、その何十倍も何百倍もの可能性を秘めている。

一定の会社の、社会のルールは存在するが、将棋の盤の何倍の面積で、将棋の駒の何倍の動き方ができるのか。

人間が動く一歩はそれだけ価値がある一歩なのだ。

熟考した一歩が、良いか、悪いかなどその時に分かる人などいるわけがない。

物事を成功に導いた時、周りから評価される。

はたまた、人生の終盤にさしかかり、あの時の行動は正しかったと自分自身が感じるのかもしれない。

 

次の一手、皆さんは何を指しますか。